大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)86号 判決

原告

金鉉釣

右訴訟代理人

近藤康二

伊藤まゆ

佐藤博史

金敬得

被告

社会保険庁長官

大和田潔

右指定代理人

松永栄治

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一原告

被告が昭和五五年二月六日付で原告に対してした国民年金老齢年金の裁定却下処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1原告は明治四三年八月九日生れの在日韓国人であるが、昭和三五年一〇月、東京都荒川区長に対し、国民年金被保険者資格取得の届出(以下「本件届出」という。)をし、これが受理され(以下「本件受理」という。)、国民年金被保険者台帳及び国民年金被保険者名簿に「国民年金手帳番号二一六三―〇五一二七八、氏名 金井正一、生年月日 明治四五年八月九日、加入年月日 昭和三五年一〇月一日」と登録され(金井正一は原告の通称である。)、昭和三六年四月から昭和四六年六月まで、同年一〇月から一二月まで、昭和四七年四月から七月まで、一三〇月にわたり保険料合計三万三一〇〇円を納付し、昭和四五年八月九日満六〇歳に達したことにより国民年金の被保険者資格を喪失し、受給権を取得した。

2昭和五一年一〇月七日、原告が荒川区長を介して老齢年金の支給裁定請求の手続をしようとした際同区長は、原告が日本国籍を有しない者でありながら国民年金に加入し、被保険者資格を喪失したとされていたことを初めて知るに至つた。

(二) そこで東京都知事は、昭和五一年一二月二三日、原告に対し、昭和三五年一〇月一日に遡つて被保険者資格を取り消す旨の処分(以下「本件前処分」という。)をした。

3原告は昭和五四年一二月二七日被告に対し、老齢年金の裁定請求をしたが、被告は、昭和五五年二月六日付で原告は被保険者期間を有していないとの理由でこれを却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたので、原告は同月二七日東京都社会保険審査官に対し審査請求をしたが、同年三月二七日付で右審査請求は棄却された。原告はさらに同年四月二日社会保険審査会に対し再審査請求をしたが、右審査請求の日から三か月を経過しても裁決がない。

4しかし、本件処分は次のとおり違法であるからその取消しを求める。

(一)本件処分は国民年金法(昭和五六年法八六号による改正前のもの。以下「法」という。)七一条一項、八条、九条二号の解釈を誤つた違法がある。

(1) 法は、いわゆる国民皆年金の実現を目的とし、厚生年金保険、船員保険、共済組合など被用者に対する公的年金制度に加入していない者及び加入できない者を対象として、老齢・廃疾・死亡について年金や一時金の給付を行うことを目的として、昭和三四年四月一六日に公布されたものであり、政府(社会保険庁が所轄)が保険者となつているが、被保険者の資格の得喪に関する事務は、特別区の区長を含む市町村長が処理することとされている。これは、被保険者の資格に関する事実関係がすべて戸籍簿等の特別区を含む市町村において保有する公簿によつて確認することができるものであることからとられた仕組みである。

国民年金制度においては、加入が強制される「強制加入」と本人の希望により加入できる「任意加入」とがあるが、保険料を負担する拠出制の年金が中心となつていて、日本国内に住所を有する二〇歳以上六〇歳未満の日本国民は、厚生年金などの被用者年金制度に加入していない限り、すべてが加入しなければならないこととされている(法七条、八条)。

右のような強制加入対象者は、国民年金加入の手続をとり(法一二条)、そのうえで一定の期間以上の所定の保険料を納めねばならず、かくして六〇歳になり被保険者資格を喪失し(法九条)、反射的に年金の受給資格を得ることとなつているが、六〇歳から年金を自動的に支給されるのではなく、年金受給の裁定請求書を提出し、被告の裁定を受け(法一六条)、これにより初めて年金の支給を受けることができるものである。

なお、老齢年金の支給要件については、法二六条が規定しているが、加入資格あるいは被保険者資格の要件として規定されている「日本国民」、「日本国内に住所」という制約はなく、年金の受給段階で、日本国民でなくなつた者に対しても支給されるのである。

(2) 法七条二項、八条、九条二号は、国民年金の被保険者資格の取得及び保有要件として「日本国民」であることを掲げているが、実定法の解釈は、単なる字句の形式的解釈にとどまることなく、法の立法趣旨、目的、理念に適うよう、目的論的、実質的に解釈すべきであり、右各条項は、少なくとも、日本国籍を有しない者(以下「外国人」という。)に対する法の適用を禁止するものであるとは解すべきではない。その理由は次のとおりである。

(3) まず第一に、外国人の国民年金への加入を認めることは、法一条に規定する国民年金制度の目的・理念に適いこそすれ、これに反するものではない。すなわち、生存権に代表された社会権とは、国籍を基準としてその享有主体が決定されるべきではなく、外国人に対しても等しく保障されるべき権利であり、世界人権宣言が「人はすべて社会の一員として社会保障を受ける権利を有し」(二二条)と規定するのもその表われである。

つまり、社会権とは、人が社会の一員として労働し、生活を営むこと、すなわち共同体の一員たることを基礎とし、国家がかかる共同体の維持存続について責めを負うが故に、国家によつてその保障がされなくてはならない権利であり、法一条にいう「国民の共同連帯」も、日本国籍を有するという観念的な共同体によつてではなく、同一社会内に共に生きる者という現実的共同体によつて実現されなくてはならないのである。法が被保険者資格として日本国内居住を要件としているのも、かかる観点からであるし、いわゆる国籍要件を撤廃した難民の地位に関する条約等への加入に件う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律(以下「整備法」という)。による改正(以下整備法により改正されたのちの国民年金を「新法」という。)によつても、法一条の文言は改められることなくそのまま存続するものとされたのもかかる理解の正当性を裏付けるものといえる。すなわち、新法一条にいう「国民」とは、外国人も含む地域住民の意味だと解するほかはないのであつて、右改正において法一条の文言が改められなかつたことは、右改正前においても、「日本国籍を有しない者」に対して、法による保障が原理的に排斥されていなかつたことを意味するのである。

(4) また、法が、国民皆年金の理想に基づき、厚生年金等各種職域年金を補完することを目的として制定されたことも、外国人を排除していないと解すべき根拠となる。なぜなら、各種職域年金制度が外国人を排除していないにも拘わらず、国民年金制度は外国人を排除していると解することは、各種職域年金制度の補完という法の目的に反することになるからである。

(5) さらに、アメリカ国籍を有する外国人(以下「米国籍人」という。)の場合は、運用上任意加入被保険者として取り扱われているが、その根拠を日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約(以下「日米友好条約」という。)に求めることができないことは明らかであつて、結局かかる取扱いを是認するためには、法の規定そのものが外国人の加入を排除していないと解するほかはないのである。けだし、仮に外国人の加入を法が禁止していると解するならば、米国籍人の加入資格等につき国内法上何らかの立法措置が必要であるからである。

(6) また、法律上「国民」なる文言が用いられていても、外国人が当該法律の適用から排除されていない例がある。すなわち、

① 憲法三〇条は「国民は、……納税の義務を負ふ。」、国税徴収法一条は「国民の納税義務の適正な実現を通じて」と規定しているが、日本に居住する外国人は、日本国籍を有する者と同様に納税の義務を負わされている。このように、同一の「国民」という文言について、義務に関しては外国人を内包し、権利に関してはこれを排除するという使い分けは法の目的、精神からも許されない。

② 消費生活協同組合法一条は「この法律は、国民の自発的な……国民生活の安定……」と規定しているが、外国人は同法の適用から除外されていない。

③ 公営住宅法一条、住宅・都市整備公団法一条は「国民生活の安定」、住宅金融公庫法一条、国民金融公庫法一条は「国民大衆」との文言を用いているが、昭和五五年以後これらの法律は長期居住外国人に対しても適用されている。仮にこれらの条項の「国民」との文言が限定的規定でなく、結果的に「国民生活の安定に寄与」するものであれば適用対象者を国民に限定していると解する必要がないという解釈が許されるならば、定着化が明らかな長期在留外国人を国民年金に加入させることは「国民生活の安定」(法一条)に寄与することとなるのであるから、法において外国人を適用対象者と解することは充分可能である。

④ 生活保護法一条は「生活に困窮するすべての国民に対し」と、同法二条は「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り」と規定しているが、行政当局は昭和二九年五月八日社発三八二号各都道府県知事あて厚生省社会局長通知という通達により生活に困窮する外国人に対しては、一般国民の取扱いに準じて保護することとしている。法に基づかない行政、予算の支出は許されないし、下位規範たる通達により上位規範たる生活保護法を変更することはできないのであるから、右取扱いは生活保護法自体が外国人への適用を排除していないことを示すものである。

(二)本件処分は憲法一四条、二五条に違反する。

(1) 内外人平等の原則に関しては、最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決(刑集一八巻九号五七九頁)が、憲法一四条の趣旨は、特段の事情が認められない限り、外国人に対しても類推されるべきであると判示しているが、その他難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)、雇傭及び職業における差別に関する条約、教育における差別を禁止する条約、あらゆる形態の人種差別撤廃に関する条約が成立し、さらに、国際連合は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という。)を採択し、明文をもつて内外人平等の原則を規定するに至つた。こうして、国家間の交流の著しい進展に伴い、国際社会における内外人平等の原則は揺ぎないものとなつた。

国際人権規約については、我が国も昭和五三年五月三〇日に批准し、昭和五四年九月二一日に法的効力を持つようになつたのであるが、国際人権規約(A規約)九条は「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める」と定めている。

憲法一四条が保障する法の下の平等は、右のような国際連合の各規約及び各国国内法で確立された内外人平等主義と同一の流れの中に位置づけられなければならない。すなわち、憲法下においては、日本国民と外国人は原則的に平等であり、例外的に合理性がある場合にのみ、内外人差別が許されるものと解すべきである。しかしながら外国人を国民年金制度から排除する合理性は何ら存しないのであり、このことは、難民条約の批准に伴い、整備法により法の国籍要件が撤廃されたことからも明らかである。

(2) 憲法二五条はその一項において「すべて国民は」と規定しているが、同条項は、そこに定める権利を外国人に対して否定する趣旨と解すべきではなく、特に、日本社会に居住し、国民と同一の法的・社会的負担をしている居住外国人、とりわけ、在日韓国・朝鮮人に適用されなければならない。

すなわち、今日日本国内に在住する韓国・朝鮮人は六六万四〇〇〇人に達し、在留外国人総数の85.6パーセントを占めているが、これら在日韓国・朝鮮人は、戦前の日本国政府による徹底した同化政策の影響を強く受け、また戦後引き続き日本に居住しているため、社会的、経済的、地縁的、血縁的に日本社会と強固なつながりを持つ。ところが、これら在日韓国・朝鮮人は、昭和二七年四月一九日法務省民事局長通達(民事甲第四三八号)により同月二八日をもつてそれまで有していた日本国籍を自らの選択によらず喪失せしめられたのであり、しかも、納税等の国民としての義務は以後も日本国籍を有する者と同様に負担させられているのである。

このような在日韓国・朝鮮人の処遇に関する歴史的・社会的・法律的側面に鑑みると、在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失したとされ、この意味で外国人となつたからといつても、一律に広範な権利制限を加えることは不当であつて、社会保障法理として、国籍の有無という形式的側面よりも、共同体の一員として生活している社会的事実に着目して適用対象を捉え、在日韓国・朝鮮人の実態を直視し、その定着化傾向に鑑み、社会保障の諸給付については、日本国民と同等の待遇を保障すべき責務が存するといわねばならない。

(3) 以上のとおり法を外国人に適用することができないとの解釈及び運用に基づく本件処分は憲法一四条、二五条に違反するものというべきである。

(三)本件処分には法七五条の解釈を誤つた違法がある。

(1) 原告は明治四三年八月九日に生まれた者であるから、日本国籍の有無の点を別とすれば、本来任意加入被保険者(法七五条)に該当すべき者であるにも拘わらず、原告は、行政庁の明らかな過誤によつて「明治四五年八月九日」という現実には存在しない日に生まれた者として、強制加入被保険者として取り扱われてきた。

一般に、任意加入被保険者が誤つて強制加入被保険者として資格取得届を提出したことがのちに判明した場合、従来の期間は無資格となり、その間の保険料の納付によつても受給権は発生しないと解されるが、運用上は当該届出を任意加入の申出とみなして届出の訂正を行い、被保険者の種別の変更を行つて差し支えないとされている(昭和三五年九月二一日年国発四八)。とすると、本件の場合も、日本国籍の有無の点は別にして、原告の本件届出を任意加入の申出とみなし得るのであつて、かつ、本件の場合、原告の意思は訴訟上明白で、原告を任意加入被保険者とみなしたとしてもそれが原告の意思に反することはないのである。そして、任意加入被保険者の場合は、強制加入被保険者と異なり、都道府県知事に対する申出をし、その申出が受理されることによつて被保険者資格を取得するから(法七五条五項一号)、原告は、本件届出の受理によつて適法かつ有効に被保険者資格を取得したといわなくてはならないのである。

(2) すなわち、法が一般に外国人の加入を排除していないと解すべきことは先に明らかにしたとおりであるが、任意加入被保険者の取扱いに関しては特にこのことが妥当するのである。

けだし、行政当局は法が外国人の加入を排除していると解すべき実質的理由として、わが国民年金制度は、諸外国にも例のない二五年間という長期にわたる保険料の拠出義務を課すものであり、外国人に対し法を単純に適用することは保険料の「掛け捨て」になる恐れがあり、権利保全の点で問題があるとしばしば説明してきたが、被保険者資格の取得・喪失を個人の意思に委ねる任意加入の場合には、かかる「権利保全」への配慮の必要性は、国籍要件を絶対的と解さねばならない程重要なものではないと考えられるからである。

ちなみに、米国籍人について日米友好条約三条二項は、「強制的な社会保障制度を定める法令の適用について、内国民待遇を与えられる。」と定めているのであるから、法上は強制加入被保険者として取り扱われ、刑罰をも伴う法律上の加入義務、保険料の拠出義務を負うと解するほかないのに、運用上は、昭和三五年九月二一日年国発四八群馬県衛生民生部長あて回答に従い、本人からの届出があれば被保険者として取り扱うこととし、任意加入被保険者と同様に取り扱い、被保険者資格の取得・喪失を個人の意思に委ねているのである。要するに、任意加入被保険者の適用範囲は、運用上法文の定めよりも拡大されているといい得るのであり、本件受理によつて、原告は適法かつ有効に任意加入被保険者として被保険者資格を取得したというべきである。従つて、本件処分は違法である。

(四)本件処分には違法な本件前処分を前提として処分をした違法がある。

(1) 本件処分は、原告に被保険者資格を認めることはできないとする東京都知事の本件前処分を正当としてこれを前提としてされたものである。従つて、本件は、いわゆる違法性の承継が認められ、先行する行政行為(本件前処分)の違法を理由として、後行する行政行為(本件処分)の効力を争うことが許される場合である。換言すれば、もし本件が以下に明らかにするように原告の信頼を保護すべき場合で、本件受理を取り消すことができないとしたら、それまでの原告の被保険者資格は有効ということになり、受給権取得に必要な一定期間の保険料の納付を完了してしまつている原告の場合は、被告としては、原告の受給権を認める以外にはなく、被告には本件処分を取り消して原告の受給権を認める旨の処分をすることが法律上義務づけられていると言い得るのである。要するに、被告の本件処分は、いつに本件前処分の適法性にかかつているのである。

(2) 本件受理により示された行政庁の判断の表示を覆すことは許されないのに、これを覆した本件前処分は違法である。

すなわち、法七五条にいわゆる任意加入の申出の受理とは「受理」行為一般がそうであるように、申出をそのまま受け付けるものではなく、申出に係る事実を審査し、これを適法かつ有効なものとして確認して受領することを意味している。すなわち、本件届出の受理は、原告の申出を法律上適法かつ有効なものとしてこれを受領する行政庁の意思行為であり、一個の行政行為(準法律行為的行政行為)にほかならないのである。

そして、行政庁が私人の申出を受理したのちは、仮に当該申出の内容に瑕疵を発見したとしても、受理に伴う自らの判断の表示を否認することはできないと解すべきである。けだし、行政庁が申出を受理した以上、申出人は行政庁において当該申出を適法かつ有効なものと判断したものと信頼し、その信頼に基づき権利を行使し、又は義務を履行し、あるいはさらに行政庁の処分を期待するからである。受理行為の右の如き法的効果は、信義則ないしは禁反言の法理の当然の帰結として導かれる。本件についてこれをみれば、本件受理に伴う判断の表示すなわち原告の被保険者資格の取得という法律関係が成立したという外観を被告がのちに覆すことは許されないのである。

(3) 本件受理はいわゆる授益的行為であるところ、仮に本件受理に瑕疵があつたとしても、いわゆる瑕疵ある行政行為の取消権の制限の法理により、本件受理を取り消すことは許されない。

① すなわち一般に瑕疵ある授益的行政行為の取消しは、無制限には認められず、常に法律適合性の原理と相手方の信頼保護の原則との調和が考慮されなくてはならないとされ、相手方の信頼が保護に値するか否かは個別具体的な事情に即して決すべきであるが、受益者が詐欺・強迫・贈賄など不正行為によつて行政行為をさせたとき、不当又は不完全な申立てに基づいて行政行為がされたとき、行政行為が違法であることを受益者が知つていたとき、又は知らなかつたことに重大な過失があるときなどは、保護に値しないものと推定されるとされている。

② 以上のような法律適合性の原理と信頼保護の法理との調和の観点から本件をみると、次のとおり、本件受理を取り消しえないものというべきである。

本件受理の違法性は原告の国籍要件の欠缺にのみ存したところ、整備法により被保険者資格につき国籍要件が撤廃されたので、行政の法律適合性の要請は殆ど無視し得るまで低減した。

原告は本件受理の際、偽りその他不正な手段を用いて届出をしていない。すなわち、原告が居住していた東京都荒川区の勧奨員は原告方を訪れて原告が在日韓国人であることを知悉しながら、原告の妻李奉化に対し、国民年金への加入を強く勧奨し、同女は右勧奨員の「これからは日本人も韓国人でも同じだ」との言を信じ、老後の生活設計を律することができるとの期待から原告の加入手続をしたのであり、その手続には何ら不正がない。

原告には老後の生活の糧とすべき蓄えをする余裕はなく、韓国籍であつても加入資格があると信じ、足掛け一二年間にわたり掛け続けてきた国民年金の受給に大きな期待を寄せていたものであり、本件処分により原告は全く予期し得ない多大の損失を被ることとなる。

③ 仮に本件受理を取り消し得るとしても、その効力を既往に遡らせることはできないので、被告は原告の受給権を認めるしかなく、従つて、本件処分は違法である。

すなわち、福祉年金に関する「違法又は不当な裁定、支給停止その他年金給付に関する処分の取消について」と題する通達(昭和三五年三月二一日年発第八〇号都道府県知事あて厚生省年金局長通達)五項は、「違法又は不当な処分の取消をしたときは、原則として既往にさかのぼつて、その処分がなされなかつたと同様の状態になるものであること。ただし、当該取消処分が相手方に著しく不利益になる場合は、当該取消の原因が相手方の責に帰すべきとき(偽りその他不正の手段によるとき、又は規則に定める届出をしなかつたとき等)のほかは、取消処分の効力を既往にさかのぼらせることはできないこと。」としているが、この通達の趣旨は、これを福祉年金に限定して適用すべき合理的理由は全くないのであるから、本件においてもこれを適用すべきであり、本件においては「当該取消の原因が相手方の責に帰すべきとき」ではないので、本件受理の取消しの効力を既往に遡らせることはできないものというべきである。

つまり、本件では、原告は老齢年金の支給を受けるのに必要な一定期間の保険料の納付を完了してしまつているのであるから、原告の被保険者資格を既往に遡つて取り消すことは許されないということは、右保険料納付による受給権取得という法的効果をもはや否定し得ないということを意味するのである。それはあたかも被保険者が受給権を適法に取得したのちに日本国籍を離脱した場合と同様に考えられなくてはならない。従つて、本件受理は原告の信頼保護の観点から取り消すことが許されず、仮に許されたとしてもその効力を既往に遡らせることができないから、結局被告は原告の受給権を認めるしかなく、本件処分は違法で取消しを免れないといわなくてはならないのである。

(4) 本件受理が仮に違法であるとしても、被告が原告の被保険者資格を否定し、ひいては原告の受給権をも否定する権限は、既に失権している。

① 民法一条が規定する信義誠実の原則(信義則)等の法の一般原理が公法関係にも妥当することは疑いがないところであり、信義則の一適用として失権(失効)の理論が行政法の分野でも当然認められるべきである。すなわち、取消権者が、相当長期間にわたつて取消権を行使せず、その結果、相手方にもはや取り消されないであろうという信頼を生ぜしめた場合には、もはや取消権は行使し得ないのである。

② そして、本件において前記(3)②、の各事実と次の事実を勘案すると、被告が原告の被保険者資格を否定し、原告の受給権を否認する権限は失権したものというべきである。

被告及び東京都知事は原告の日本国籍の有無を容易に知り得る立場にありながら、住民票との照合を怠るなど法の趣旨に反する咎められるべき懈怠があつた。

しかるに、被告は先に主張したごとく、原告を被保険者として取り扱い、昭和三六年四月から昭和四七年七月までの一二年間にわたり原告から保険料を徴収したばかりでなく、昭和四七年八月九日以後は、満六〇歳に達したとして原告を被保険者資格を喪失し受給権を取得するに至つた者と同様に取り扱い、昭和五一年一〇月七日までは原告の国籍の点を一切問題にしなかつた。すなわち、一定の法律関係が一六年間もの長期間そのまま存続していた。

(五) 本件処分には確約の法理に違反する違法がある。

(1) 一般に権限ある行政庁によつて、一定の行政行為をのちに行う(又は行わない)旨が表示された場合には、それがたとえ違法なものであつたとしても、相手方の信頼保護の観点からその拘束性が認められることがあり、これを確約の法理という。

(2) 本件においては先に主張した被保険者資格取得の届出の受理、国民年金手帳の交付及び保険料の受領という一連の行為により、被告は原告に対し老齢年金の支給裁定をする旨を表示したものというべく、前記(3)②ないし、(4)②、の各事実を勘案すると被告は原告の信頼保護の観点から右表示に拘束され、支給裁定をするべく義務づけられているものというべきである。

二  請求原因に対する認否

1請求原因1のうち、原告が明治四三年八月九日生れの在日韓国人であること、原告がその主張のとおりの氏名等をもつて昭和三五年一〇月一日から昭和四七年八月八日まで国民年金の被保険者として取り扱われていたこと(但し、その原因は不明である。)、原告がその主張のとおり保険料相当額合計三万三一〇〇円を納付したことはいずれも認めるが、老齢年金の受給権を取得したとの主張は争う。

2同2(一)の事実及び同2(二)のうち、東京都知事が昭和五一年一二月二三日、原告に対し、昭和三五年一〇月一日に遡つて被保険者資格を取り消した旨の通知をしたことは認める。

3同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)冒頭の主張は争う。

(1) 同4(一)(1)の事実は認める。

(2) 同4(一)(2)、(3)は争う。

(3) 同4(一)(4)のうち、法の制定目的は認めるが、その余は争う。

(4) 同4(一)(5)は争う。

(5) 同4(一)(6)のうち原告主張の通達により生活に困窮する外国人に対して保護の措置を採つていることは認めるが、一般に法律適用のための資格要件として、「国民」又は「日本国民」であることを規定している法律が、外国人に適用されている例は全くなく、また「国民」の中に外国人を含めて解釈されている例もないので原告の主張は失当である。

(二)  同4(二)のうち、本件処分が憲法一四条、二五条に違反するとの主張は争う。

(三)(1)  同4(三)冒頭の主張は争う。

(2)  同4(三)(1)のうち、原告が明治四三年八月九日生れであること及び現実には存在しない明治四五年八月九日に生まれた者として強制加入被保険者として取り扱われてきたことは認めるが、原告が本件届出の受理により適法かつ有効に被保険者資格を取得したとの主張は争う。

(3)  同4(三)(2)のうち、原告主張の事由が法が外国人の加入を排除している一つの理由であることは認めるが、その余は争う。

(四)(1)  同4(四)(1)ないし(4)のうち、(2)の受理が行政行為の一種であること、(3)③の原告主張の通達が存在することは認めるが、その余は争う。本件において被告の被保険者資格の取消処分は存在しないので原告の主張は主張自体失当である。

また原告主張の通達は、高齢者であつて稼働能力を失つている人に対する無拠出の福祉年金に関するものであり、福祉年金の受給対象者等の性質を考慮して採られた政策的なものである。また、そこにいう「取消処分の効力を既往にさかのぼらせない」とは、取消しをする以前に支給した年金については、過去に遡及して返還を求めないというにとどまるものであつて、右通達も、被告に対して、原告の受給権を認める義務を負わせる根拠となるものではない。

(五)  同4(五)は争う。

三  被告の主張

1  本件処分について

(一) 法による国民年金制度は、憲法二五条二項に規定する理念に基づき、老齢、廃疾又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とするものであり(法一条)、法による給付は、右のように国民(被保険者)の老齢、廃疾、死亡といつた事故に際して、被保険者の所得を保障するために必要な年金を支給することを主としているが、法は、保険料の拠出を前提とする拠出制年金を基幹とし、経過的、補完的に無拠出制の福祉年金を併用している。そして、本件で問題となつている老齢年金は拠出制年金の一種である。

(二) 法は、国民年金の被保険者資格として、年齢要件、国籍要件及び国内居住要件を定めており、法で定める一定の事実が発生すると当然に被保険者の資格を取得し、又は喪失するものとしている。

このうち、国籍要件についてみるに、法七条一項は、「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする。」とし、法八条は「前条の規定による被保険者は、二十歳に達した日、日本国民となつた日又は日本国内に住所を有するに至つた日に、被保険者の資格を取得する。」とし、さらに、法九条二号は「日本国民でなくなつたとき」の翌日に被保険者の資格を喪失する旨規定している。また、制度発足当時高年齢である者の任意加入に当たつても、その者が「日本国民」であることが、被保険者資格取得の要件とされている(法七五条一項、五項、昭和四四年法八六号による改正法附則一五条一項一号、六項、昭和四八年法九二号による改正法附則一九条一項一号、六項)。

(三) 右のように老齢年金の受給権は、法律上定められた一定の要件事実を具備すれば、法律上当然に発生し、その内容も法律上定められているもので、支給裁定によつてその権利を取得するものではなく、支給裁定は、既に発生している受給権を行政庁が確認するものに過ぎない。

原告は、外国人であつたので、国民年金の被保険者資格を有していなかつたことは前記の各条文から明らかである。そうすると、受給権のない者に対して、受給権を認定することができないのは当然であり、本件処分は正当である。

2  法七条一項、八条、九条二号、七五条について

(一) 抑も、制度の対象者(被保険者)の範囲をどのように画するかということは、強制加入を主柱とする社会保険制度を構成・運営する上において基本的かつ必須の要件であつて、そうであるがゆえに、法においても公的年金制度の一種たる国民年金の被保険者の範囲を明文をもつて示しているものであり、右各条項において日本国民であることを一つの要件として明記しているのであつて、右「日本国民」に外国人が含まれるとの解釈は失当というほかはない。

(二) 昭和五六年六月一二日整備法が公布され、法の被保険者資格の国籍要件が撤廃されることとなつた(整備法二条、同附則一項)が、これは、法に規定する国籍要件が、社会保障に関し難民に対して自国民と同待遇を与えることを要求する難民条約加入の障害となるため、これを撤廃しようとしたのである。すなわち、右各条項にいう「日本国民」は「日本国籍を有する者」であるからこそ、立法による改正が必要だつたのである。

(三) 米国籍人の国民年金制度への加入は、法自体の解釈・運用によるものではなく、日米友好条約三条に基づくものであり、従つて、強制加入被保険者となるのである。ただ、運用上、在日米国籍人に対しては、サービス的な加入勧奨はしていないが、本人からの届出があれば、強制加入被保険者として取り扱つているものであり、運用上も任意加入被保険者として取り扱われているものではない(例えば昭和四八年法九二号による改正法附則一八条は任意加入被保険者に対しては適用されないが、米国籍人には適用されているのである)。従つて、米国籍人の加入が任意加入であるとの前提に立つ原告の主張は正当ではなく、また米国籍人は条約による根拠があるため加入が認められるのであり、かかる根拠を持たないその他の外国人と同一に論ずることはできないものである。

なお条約は公布によつて国内法の効力を持ち、かつ、憲法九八条二項により、法律により、法律より優位にあるので、特に国内法上の立法措置をまつまでもなく、直接前記条約の規定に基づき、国民年金の被保険者資格を認めているのである。

(四) 生活保護法は外国人を対象としていない。

生活保護法の対象者は、日本国民に限られており、外国人に対しては、生活保護を受ける法律上の権利が認められていない。ただ生活に困窮する外国人については、原告主張の通達により生活保護の措置が採られているが、これは人道的見地から厚生省設置法一二条により採られている行政措置であるから適法である。

3  本件処分の合憲性について

(一) 憲法二五条の保障する社会権については、日本の憲法としては、何よりもまずこれを日本国民に対して保障することが、その本質上要請されているのである。すなわち、社会権は、各人の所属する国によつて保障されるべき権利を意味し、当然に外国によつても保障されるべき権利を意味するものではないのであつて、外国人が右権利を「享有」することを否定するものではないが、それらを「保障する責任」は彼の所属する国家に属するのであり、日本国にはない。また憲法二五条一項により健康で文化的な最低限度の生活を保障されたうえで、憲法二五条二項に基づき講ぜられる国民年金制度については広範な立法裁量が許される。従つて、国民年金制度対象者(被保険者)の範囲をどこまでとするかは、それぞれの公的年金制度の趣旨、目的に照らして合理的に決定されるべき事柄であり、まさに立法政策の範ちゆうに属する問題であつて、法律がこれを日本国民に限つたとしても違憲の問題は生じない。

また、原告も援用する最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決は、「憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推さるべきものと解するのが相当である。」旨判示するが、社会権については、もつぱら権利者の属する国家によつて保障されるべき性質の権利であり、当然に外国によつても保障されるべき権利を意味するものではないために、これを外国人に対して保障しなくても、その性質上憲法一四条違反とはならないものと解される。

(二) また、国際人権規約(A規約)九条の「すべての者」には外国人も含まれるが、「認める」とは、「国の国家社会的政策により保護されるに値するものであるとの評価を確認するという意味」であり、締結国は、積極的に社会保障政策を推進すべき責任があるとするものであつて、それによつて、直ちに「すべての者」に具体的権利が付与されるものではない。そして締結国の右責務は、「漸進的に達成」(A規約二条一項)することが許容されているのであるから、規約締結の時点において、我が国の法令上、外国人のかかる権利が認められていないとしても規約に違反することにはならない。そして外国人についての権利の実現の漸進的達成は右規約に基づく義務であり、右規約締結の前後によつて、憲法解釈が変わるものではないのであるから、右規約を根拠に本件処分が違憲であるということはできない。

4  取消権の制限の法理ないし失権の法理について

(一) 先に主張したとおり被保険者資格の得喪は、法律上定められた一定の要件事実を具備することによつて当然に生じ、行政庁の行為によつて資格の得喪をもたらすものではない。すなわち、「本件前処分」によつて原告が被保険者資格を失つたものではない。原告は、法律上、被保険者資格がなく、また、受給権も認められないのであるから、被告は、東京都知事の「本件前処分」の有無にかかわりなく裁定を却下せざるを得なかつたのである。被告は東京都知事が「本件前処分」をしたことを理由として裁定を却下したものでない。被告が全く独自に判断して、原告に被保険者資格がなく、従つて、受給権がないことを理由に却下したものであつて、ここではいわゆる違法性の承継は問題とならない。

そして本件にあつては被告の取消処分は存在しないから、取消権の制限の法理ないし失権の法理は主張自体失当である。

(二) のみならず、本件受理は、東京都知事の被保険者資格の取消通知をまつまでもなく当然無効であるから、取消権の制限の法理ないし失権の法理は主張自体失当である。すなわち、先に主張したとおり、外国人が被保険者となることは現行法上不可能であり、それが誤つて受理されたとしても、それ自体で資格取得の効果を生じることはない。

一般に行政行為の相手方の適格について瑕疵がある場合は、その行政行為は無効とされるのであり、また、法が被保険者の資格要件として「日本国民」であることを規定し、「日本国民」でなくなつたときにその資格を喪失すると規定している以上、外国人の加入を認めることは重大な法規違反であり、かつ、ある人が日本国籍を有するかどうかは、あえて専門の国家機関の判断をまつまでもなく通常人が容易に判断できるのであるから、その瑕疵は明白であり、無効と解される。従つて、本件受理は無効である。

(三) 仮に原告の主張を「長期間、原告を被保険者として取り扱つてきた場合は、被告は、受給権を認める旨の裁決をする義務がある」という意味に解するとしても、これは、存在しない受給権を存在するものとして確認せよというもので、被告をして法律に違反する行為をすることを要求するものであり不当である。

(四) また、仮に行政庁の行為に対する相手方の信頼を保護するとしても、その行為が違法であることが相手方に告げられた時点以降は、相手方の信頼の基礎がなくなつたのであるから信義則の働く余地はない。

本件において、行政庁は、昭和五一年一〇月七日ころ原告から外国人登録済証明書の提示を受けて、原告が外国人であることを知り、同年一一月一七日ころ東京都民生局国民年金部第五課長は、原告の保険料過誤納還付決定を行い、その旨原告に通知した。その後、東京都知事による被保険者資格取消し(昭和五一年一二月二三日)、東京都社会保険審査官の審査請求棄却(昭和五二年四月一三日)、社会保険審査会の再審査請求棄却(昭和五四年五月二九日)が行われており、これら一連の行為により、原告は、被保険者資格がなく、従つて、受給権は発生していないことを知つたのであるから、信頼の前提が消滅している。原告は、その後に裁定請求をしたのであり、被告が原告の裁定請求を却下したのは、昭和五五年二月六日付けである。このような場合においては、原告は信頼を援用することはできず、信義則等の働く余地はない。

5  いわゆる「確約の法理」について

(一) いわゆる「確約の法理」は、日本においては、西ドイツの理論として学者によつて紹介されている程度のものであつて、その旨の立法もなく、またこれを認めた判例もない。そのために、その適用要件も不明確であつて、この理論が直ちに導入するに値するものかどうかまたその必要性があるかどうか疑問である。

(二) 仮に、右理論が認められるとした場合でも、その要件が不明である。まずそこにいう「確約」とは何をいうのかが明確でない。一定の明確な行政庁の約束をいうのであれば、本件においては、行政庁の「確約」はない。被告は、原告に対して年金支給を「確約」した事実は全くないのである。また、東京都知事等も「確約」はしていない。行政庁は単に原告の届出を受理し、保険料の受領を行つただけであり、何らの約束も行つてはいない。

次に、ある行政庁の「行為」をもつて「確約」とみなされることがあるとした場合も、どの程度の行為があれば「確約」とみなされるか全く不明である。本件においては、「確約」とみなすに値する行政庁の行為は存在しない。原告の主張する届出受理、保険料受領は「確約」とみなされるべき行為ではない。

(三) 西ドイツ行政手続法は、「確約」は権限ある行政庁が書面で行つた場合のみ効力を有する(三八条一項)としており、権限のない行政庁がした場合は無効である(四四条)としている。右西ドイツ行政手続法の規定を、一応参考としてみても、本件においては、荒川区長や東京都知事には、受給権については、全く権限はない。従つて、荒川区長や東京都知事が「確約」を行つても、それは無効であると解される。

(四) さらに、仮に、荒川区長、東京都知事等の一連の行為が、「確約」とみなされることがあるとしても、それによつて一定の行為を義務づけられることがあるのは、当該行政庁だけである。これと全く別の行政庁である被告が義務づけられる理由はない。もし、届出の受理、保険料の受領の事実によつて、被告が支給裁定を行うべく義務づけられるというのであれば、被告が独自に、給付を受ける権利の有無を判断すべきことを規定している国民年金法一六条は全く無意味なものとなるであろう。

(五) また、仮に、被告に何らかの行為が義務づけられる場合があるにしても、それが、法律に明白に違反することとなる場合は義務づけられることはない。本件についてみるに、原告に被保険者資格及び受給権が認められないのは法律上明白である。何人といえども違法な行為を行うことを義務づけられないはずである。行政庁に法律違反の行為を強いることによつて、違法な支出を義務づけることは許されるべきではない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1被告の主張2(四)について

厚生省設置法は、その一条、五条から明らかなように、内部組織法規に過ぎず、社会保障法の実質的内容を定めた法律ではなく、生活保護法その他法規の定める権利内容の限界を越えて厚生省が独自に生活保護法その他の法規の行政運用をし得ることを定めたものではないから、外国人に対する生活保護の根拠法規とすることができないのは明らかである。

2同4(二)について

本件受理の瑕疵が明白であつたとの点は争う。これが外見上一見して明白ではなかつたため、原告は日本国民と同様に被保険者として取り扱われたのである。

3同4(四)について

保険料を長期間納付してきた原告に老齢年金の受給権があるか否かが問題とされている本件に、被告のかかる主張をあてはめることの不合理は明らかであつて、少なくとも原告が保険料の納付を終了してしまつた本件にあつては、被告の確約の履行は、絶対的に義務づけられているといわなくてはならないのである。

4同5について

相手方の信頼保護の観点から違法な確約に拘束性を認めるべき場合があるのであり(現に西ドイツでは違法な確約の拘束性を規定する社会法典が公布・施行されているのである。)、違法な結果となる自己義務づけは認めることができないとする被告の主張は確約の法理そのものを理解していないものである。

そして本件においては正に違法な確約の拘束性が認められるべきなのである。けだし、違法な確約に拘束性を認めるべき要件は、先に主張した瑕疵ある行政行為の取消しが制限されるべき要件と同様であるからである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実のうち、原告が明治四三年八月九日生れの在日韓国人であること、原告が通称である金井正一名義で昭和三五年一〇月一日から昭和四七年八月八日まで国民年金の被保険者として取り扱われていたこと、原告が昭和三六年四月から昭和四七年七月まで一三〇月にわたり保険料として合計三万三一〇〇円を納付したこと並びに請求原因2(一)の事実及び同2(二)のうち東京都知事が被告主張の被保険者資格取消通知を原告に対ししたこと、請求原因3、4(一)(1)の各事実は、当事者間に争いがない。

二1原告は本件処分は法七条一項、八条、九条二号の解釈を誤つた違法があると主張するので、まず法の定める被保険者資格につき検討する。

法七条一項は、「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする。」と定め(但し、同条二項でいわゆる被用者年金各法(法五条一項参照)の被保険者又は組合員に該当する者等は適用を除外されている。)、さらに法八条は、「前条の規定による被保険者は、……日本国民となつた日……に、被保険者の資格を取得する。」と、法九条は、「第七条の規定による被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日(……)に、被保険者の資格を喪失する。」とし、その二号に、「日本国民でなくなつたとき。」と定めている。また、任意加入については、法七四条は「明治四十四年四月一日以前に生まれた者(……)は、第七条第一項の規定にかかわらず、被保険者としない。」とし、但し、法七五条一項で「明治三十九年四月二日から明治四十四年四月一日までの間に生まれた者(……)であつて、第七条第二項各号のいずれにも該当しないものは、前条の規定にかかわらず、都道府県知事に申し出て、被保険者となることができる。ただし、第七条第一項に該当する者に限る。」とし、同条五項は、「第一項の規定による被保険者は、第九条各号(……)……のいずれかに該当するに至つた日の翌日(……)に被保険者の資格を喪失する。」と定めている。

以上の各条項によれば、法は強制加入・任意加入の別なく「日本国民」であることを被保険者資格の取得及び保有の要件として定めていることは明らかであり、右「日本国民」が日本国籍を有する者を意味し、日本国籍を有しない者を除外する趣旨であることはその文言から明白であるといわなければならない。そして、この点は我が国が、その二四条1(b)において難民に対し社会保障に関して内国民待遇の義務のあることを定めた難民条約に加入するに当たり、整備法により前記各国籍条項を削除し、日本国民であることを被保険者資格の取得及び保有の要件とはしないこととした改正の経緯(右立法の経緯は〈証拠〉により認められる。)に照らしても首肯し得るところである。

2しかるに原告は、右「日本国民」は外国人、少なくとも原告がその一員である在日韓国人も含むと解すべきであるとしてるる主張するけれども、以下に説示するとおり、いずれも、独自の見解であつて到底採用し得ないものである。

(一)  まず原告は、法一条にいう「国民の共同連帯」も、日本国籍を有する者という「観念的な共同体」によつてではなく、同一社会内に生きる者という「現実的共同体」によつて実現されなくてはならないから、現に同一社会内に生きる外国人の国民年金への加入を認めることこそ制度の目的・理念に適うものであり、整備法が法一条について何ら文言を改めなかつたことも右解釈の正当性を裏付けるものであると主張する。

なるほど原告が主張するように日本国内に居住する外国人が国民年金に加入することを認めることは制度として十分可能であり、現に新法はこれを許容している。しかしながら、国民年金制度の対象者を日本国民すなわち日本国籍を有する者に限定するか、外国人にもこれを拡張するかは、立法政策の範ちゅうに属する問題であり、これを日本国民に限定しても、国民年金制度の目的に反するものではなく、また、憲法一四条及び二五条に違反するものではないと解すべきこと後述のとおりである。そして、被保険者資格の取得・保有要件として明文をもつて日本国民であることが掲げられ、立法による選択決定が明白に示されている以上、法の解釈論として外国人を含むものであると解することは到底許されないものといわなければならない。

(二)  次に原告は、法は国民皆年金の理想に基づき、厚生年金等各種職域年金を補完することを目的として制定されたものであるところ、これら職域年金は外国人を排除していないのであるから、法が外国人を排除していると解するのは法の制定目的に反すると主張する。

法が憲法二五条二項の理念に基づき(法一条)、国民皆年金の理想を実現するため職域年金(被用者年金)を、補完することを目的として(法七条二項参照)制定されたものであることは当事者間に争いがなく、厚生年金等これら被用者年金各法では日本国籍を有することは被保険者資格等の要件とされていない。

しかしながら、被用者年金制度における対象者の範囲及び国民年金制度における対象者の範囲をどこまでとするかは、前記のとおり立法政策の範ちゆうに属する問題であつて、前者と後者とでは制度の目的、費用の負担等に差異があり、前者はもつぱら被用者保護を目的とする制度であるから、外国人である被用者をもその対象者としたものであつて、その対象者の範囲に差異のあることは首肯することができる。このように、前者と後者ではその対象者の範囲を異にする立法政策がとられている以上、対象者の範囲につき同一の解釈をとる余地のないことは明らかである。

(三)  原告はまた米国籍人が法の運用上任意加入被保険者として扱われており、かかる取扱いは法が外国人の加入を排除していないか、少なくとも任意加入することを排除していないことを示すものであると主張する。

日米友好条約三条2は「……いずれの一方の締約国の国民も、他方の締約国の領域内において、(a)老齢……に対し……給付を行う強制的な社会保障制度を定める法令の適用について、内国民待遇を与えられる。」と規定しているから、右条約上米国籍人は強制加入被保険者として扱われることとなる。しかし、成立に争いのない甲第七号証及び証人阿藤正男の証言によれば、昭和三五年九月二一日年国発群馬県衛生民生部長あて回答において、日本に居住するアメリカ人に法を積極的に適用すべきかの問題につき「運用上は、自主的に資格取得届を提出してきたものを受理する程度にとどめられたい。」との指針が示されており、実務上右回答に従つた取扱いがされているが、米国籍人の場合には、保険料を納付させても、保険料納付期間が二五年(法二六条参照)に満たない間に米国に帰国すると、老齢年金に関しては、従前納付した保険料が「掛け捨て」になることを考慮したものであり、従つて、加入の勧奨を行つていないことが認められる。日本国民である強制加入被保険者は資格取得の届出義務を課され(法一二条)、その懈怠は処罰の対象とされるから(法一一三条)、米国籍人については、資格取得届の関係では運用上日本国民とは異なつた取扱いがなされているものといわなければならない。しかし一方、法上任意加入は、明治三九年四月二日から明治四四年四月一日までの間に生まれた者(法七五条一項)、あるいは法七条二項に該当する者(法附則六条以下)に対してのみ予定された制度であつて、昭和四八年九二号による改正法附則一八条の規定は、これら法で定められた任意加入者には適用されないが、米国籍人には適用されると解される。従つて在日米国籍人について任意加入が許容されているとみるのは相当でない。そして、右のような取扱いにより在日米国籍人につき国民年金への加入が認められているのは、我が国法上法律よりも優位にある(憲法九八条二項)日米友好条約に前記のような内国民待遇条項が存することによるものであるから、かかる取扱いがなされているからといつて、法が外国人の加入を一般に許容しているものと解することはできないし、米国以外とは右のような条約は締結されていないから、米国籍人に対する取扱いを右のような条約が締結されていない国に属する外国人の加入を認めるべき根拠とすることも到底許されない。

(四)  さらに原告は、他の法律において「国民」という文言が用いられている場合でも、必ずしも日本国籍を有する者と限定的に解されていないと主張する。

しかし、まず、憲法三〇条は、国家財政は国民の納める租税によつて維持されなければならないという当然の事理を抽象的に宣言したものに過ぎず、国民以外の者すなわち外国人の納税義務につき何ら触れたものではないから、国がその主権の及ぶ範囲内において外国人に対し納税義務を課すことは、右条項と直接関係するものではない。

次に国税徴収法一条、消費生活協同組合法一条、公営住宅法一条、住宅・都市整備公団法一条、住宅金融公庫法一条、国民金融公庫法一条に原告主張のとおりの文言があるが、右各条項はいずれも当該法律の目的を掲げたものに過ぎず、特別に資格要件を定めた条項ではないから、右各法律が外国人に適用される実態が存するからといつて法も外国人に対し適用され得るとの解釈を導くことは到底できない。

また、生活保護法二条はその適用対象を「国民」と規定していると解されるから、外国人について同法の適用はないと解される。もつとも、原告主張の通達により生活に困窮する外国人に対しては生活保護の措置が採られている(この点は当事者間に争いがない。)が、これは最低限度の生活を維持し得ない外国人を放置することが、社会的人道的に妥当でないため、行政措置として保護措置を与えているものと解すべきである。従つて、以上の点に関する原告の主張は、法七条一項、八条、九条二号の前記解釈に影響を及ぼすものではない。

(五)  以上のとおり、法七条一項、八条、九条二号にいう「日本国民」とは日本国籍を有するものに限られることは疑問の余地がない。従つて外国人は強制加入被保険者資格を取得・保有し得ないものであり、また法七五条一項但書、五項によれば外国人は任意加入被保険者資格も取得し得ないものと解すべきは当然である。

三原告は外国人が国民年金の被保険者資格を取得・保有し得ないとすることは、憲法一四条、二五条に違反すると主張するので検討する。

憲法一四条の規定する法の下における平等の原則は、近代民主主義諸国の憲法における基礎的な政治原理の一として広く承認されており、また、世界人権宣言七条の規定に鑑みると、憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものと解される(最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決刑集一八巻九号五七九頁)。しかしながら、国民年金制度のような社会保障に関する権利、いわゆる社会権については、もつばら権利者の属する国家によつて保障されるべき性質の権利であり、当然に外国によつても保障されるべき権利を意味するものではないから、外国人に対し自国民と同様に社会権を保障しなくても、憲法一四条に違反するものではないと解すべきである。なお、昭和五四年九月二一日に発効した国際人権規約(A規約)九条は、「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定し、同条のすべての者には外国人も含まれると解されるが、同条は締約国に積極的に社会保障政策を推進すべき責務を負わせるに過ぎず、これによつて、外国人に対し具体的権利が付与されるものとは解することができない。従つて、外国人が国民年金制度の対象とされていなくとも、同規約に違反することにはならないのである。

また、国民年金制度に関し、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、同制度の対象者を日本国籍を有する者に限定するか否かも立法政策上の裁量事項である。日本国との平和条約により日本国籍を失つた在日韓国・朝鮮人の特殊な社会的立場については配慮すべきであろうが、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定において国民年金制度の適用については合意されていない経緯に鑑みても、法がその対象者を日本国籍を有する者に限定したからといつて、当然に憲法一四条、二五条違反に結びつくものということはできない。従つて、原告の右主張は採用することができない。

四原告は、明治四三年八月九日生れであるから、原告のした本件届出は法七五条の任意加入の申出とみなすべきであり、任意加入については国籍要件が緩和されて運用されているのであるから、右申出として適法有効とみるべきである。従つて、本件処分には法七五条の解釈を誤つた違法があると主張する。

しかしながら、任意加入の場合に国籍要件(法七五条一項但書)が緩和されて運用されているとの原告の主張が事実に合致しないことは先に説示したとおりである。また〈証拠〉によれば、任意加入被保険者が誤つて強制加入被保険者として資格取得の届出をしたことがのちに判明した場合は、右届出を任意加入の申出とみなして届書の訂正を行い、被保険者の種別の変更を行つて差し支えない旨の回答が存在することが認められるが、右回答は、任意加入として適法に被保険者資格を取得し得る者に関する敵扱いを示したものであることはいうまでもない。任意加入の場合も日本国民であることが資格要件とされていることは先に説示したとおりであり、原告はその要件を欠いているのであるから、本件について右回答に従つて任意加入の申出とみなすことができないことは明らかである。よつて、原告の右主張は理由がない。

五次に原告は、本件処分は本件前処分を前提としてされたものであるところ、本件受理は取り消し得ないのであり、また取消権は失権しているから、これを取り消した本件前処分は違法であり、従つて、本件処分もまた違法であると主張する。

法は被保険者資格の得喪につき、八条で「前条の規定による被保険者は、二十歳に達した日、日本国民となつた日又は日本国内に住所を有するに至つた日に、被保険者の資格を取得する。」と規定し、九条で「第七条の規定による被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日(第四号に該当するに至つたときは、その日)に、被保険者の資格を喪失する。一 死亡したとき。二 日本国民でなくなつたとき。三 日本国内に住所を有しなくなつたとき。四 六十歳に達したとき。」と規定する。右各規定によれば、被保険者資格の得喪事由はいずれも客観的に確定し得る事由であつて、行政庁の裁量判断め余地のない事由であるから、被保険者資格の得喪は、法に定めた事由の発生により法律上当然に発生するものというべきである。被保険者のする資格の得喪に関する事項の市町村長に対する届出(法一二条一項)は、国民年金が多数の国民に関するものであり、保険者の側で被保険者資格の得喪を職権で把握することが著しく困難であるから、事務を適正・迅速に行うため被保険者において既に生じた資格の取得・喪失の事実を通知する手続に過ぎず、それが市町村長により受理(同条四項)されても、これらにより被保険者の資格の得喪の効果が生ずるものではないといわなければならない。

そして国民年金の給付を受ける権利は、各給付の支給要件を満たしたときに発生するが、現実に支給を受けるためには、受給権者が被告に対し裁定の請求(法一六条)をすることを要し、被告において受給権者が支給要件を備えているかどうかを審査し、受給権があると認めればそれを確認する意味で裁定をし、受給権がないと認めれば裁定請求を却下することとなる。

ところで、老齢年金の支給要件は、「老齢年金は、保険料納付済期間、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間又は保険料免除期間が二十五年以上である者が六十五歳に達したときに、その者に支給する。」(法二六条)とされており、右「保険料納付済期間」とは、「納付された保険料(……)に係る被保険者期間を合算した期間」(法五条三項)、「保険料免除期間」とは、「……の規定により納付することを要しないものとされた保険料に係る被保険者期間」(同条四項)をいうと規定されているが、先に説示したとおり、被保険者の資格の得喪は法律に定められた一定の事実の発生とともに法律上当然に発生し、市町村長の受理(なお、法上受理の取消しないし被保険者資格の取消しの手続は予定されていない。)によりその効果が生ずるものではないから、被告としては、裁定に当たり、原告が保険料を納付した期間中被保険者の資格を保有していたか否かを届出・受理に拘束されずに客観的に判断し、受給権を有しなければ裁定請求を却下せざるを得ないものであり、届出が一旦受理された以上、それに拘束されて受理と矛盾する判断をなし得ないとか、あるいは受理を取り消さない限り裁定を却下できないと解すべき理由はない。

そうすると、原告のいう本件前処分なるものは、原告には被保険者資格がないことを念のため通知したものにすぎず、本件処分は本件前処分が有効にされたことを前提とするものではないから、本件受理により示された行政庁の判断の表示を覆すことは許されない旨の原告の主張は理由がないし、また、本件処分の違法事由として、本件受理が取り消し得ない旨及び取消権が失権している旨の原告の主張はすべて前提を欠き理由がないといわなければならない。

六次に原告は、荒川区長による被保険者資格取得の届出の受理、都道府県知事又は荒川区長による国民年金手帳の交付及び保険料の受領という一連の行為により被告は原告に対し老齢年金の支給裁定をする旨を表示したものというべきであり、いわゆる確約の法理により、被告は前記の一連の行為に示された表示に拘束され、支給裁定をするべく義務づけられるから、本件処分は違法であると主張する。

〈証拠〉によれば、西ドイツにおいて特に租税法及び官吏法の分野で右のような確約の法理が判例・学説により発展し(従つて拘束性の認められる要件は時代・裁判所・学説により差異があつた。)、幾つかの単独法規で規定されたが、一九七六年以降行政手続法三八条、社会法典一〇編三四条、租税通則法二〇四ないし二〇七条などの通則法において規定されることとなつた事実が認められる。

しかしながら、我が国において確約の理論なるものは、その適用要件がいまだ不明確であつて、これを直ちに採用することは困難であるばかりか、本件においては、被保険者資格を認定して裁定する権限を有しない荒川区長や東京都知事の本件届出の受理、国民年金手帳の交付、保険料の受領の事実をもつて被告が裁定をなすべき確約とみるべき根拠はないし、また、原告は外国人であつてもともと被保険者資格を取得し得ないのであるから、被告が支給裁定をすべく拘束されることは明らかに違法な裁定をすることを義務づけられるに等しいことになる。従つて、かかる法理に基づき本件処分の違法をいうことは許されないものというべきである。〈以下、省略〉

(時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例